香港での、ラザレフインタビュー記事

日本フィル首席指揮者 アレクサンドル・ラザレフ
3月19日に行われた香港でのインタビュー記事です。

ラザレフにとっての日本フィル、香港公演のことが語られています。
自身がサントリーホールで3月11日を体験しながら東京で2回、香港で2回の指揮台に立ち、力強く日本フィルを率いました。


インタビュアー:これまで香港フィルとは2度共演され、観客はもとよりメンバーからも大変にマエストロは人気があり、また香港フィルと共演して欲しいという声が大きいのですが。

ラザレフ:−ありがとうございます。2012年5月に香港フィルとは共演予定です。
(香港フィルとの共演〜2005年:ボロディン交響曲第2番他、2010年:ショスタコーヴィッチ交響曲第11番他)

現在の音楽監督であるエド・デ・ワールトが2011/2012年のシーズンで退任するため、次の音楽監督は誰か?と新聞でも話題になっていました。新聞によると、マエストロも候補者の一人である、という事が書いてありましたが。

−君はKGBかね?(笑)今まで自分では音楽監督に立候補したことはありません。今まででも様々なオーケストラの音楽監督の候補にあがったことはありますがね。
そろそろ日本フィルの話題に移りましょう。

今回の日本フィル香港公演に先立って東京で演奏会を行われましたが、その際東日本大震災を経験されたと思います。震災当日に行われたサントリーホールでのコンサートでは77名の観衆、翌日のマチネーコンサートでは700数十名※の観客だと聞いています。(※758名 記日本フィル)

−大変素晴らしい演奏会でした。また私たちにとって大切なコンサートでした。
私たちは予期もしないとても怖い経験をしたのですが、いつもそうなのですがこのコンサート本番に向けての準備を十分に行っていましたし、また非常に成熟した形でいましたので、その結果をお披露目する機会が必要だったのです。実際に準備した成果ができた非常に素晴らしい演奏会だったと思います。またお客様も非常に良い反応をして下さいました。指揮台からも私の気持ちがよく伝わっていたと思います。この震災の際のコンサートを通じて私たちをより近づけてくれたと思います。オーケストラ、客席、私のみんなが家族になれたような気がしました。

サントリーホールでの演奏会直後の香港ツアーについてお聞かせ願いますでしょうか?

−震災直後のコンサートから香港ツアーへの出発まで大変限られた時間しかありませんでした。また交通手段が寸断されるなど、非常に厳しい環境でした。日本フィル事務局の方々は大変な努力をされたかとは思いますが、お陰さまでみなさんのご尽力で無事香港に来ることが出来ました。芸術一般でもそうですが、特に音楽の世界において一番大切なことは、非常に高度な組織力だと考えます。しっかりした組織力が無ければ、どんなに素晴らしい演奏をしても、インスピレーションがないものになります。それはお客様に何も届かない、つまりきちんと出来上がった芸術ではない、ということです。その意味でも日本フィルの強固な組織力に心を打たれました。

地震についてお話しますと、日本人の方々は地震の経験はお持ちでしょうが、私は地震の経験は殆どありません。地震を襲ってきた時は怖いというよりも、自分が非常に無力に感じました。どうしようもできませんし、自分が蟻よりも小さい存在に感じました。自然を前にして人間がいかに無力であるかを実感しました。そして不安です、次はどうなるか、10分後、1分後、1秒後、一体どうなるかという不安です。今香港にいるのですが、未だに揺れているような気持ちになっています。震災から1週間経ちますが、未だに足元がおぼつかない感覚があります。


震災直後香港では「果たして本当に日本フィルは香港に来るのだろうか?」という声がFacebookTwitterで上がっていました。その後香港アートフェスティバルが様々なメディアを通じて、日本フィル香港公演は間違いなく開催される、とアナウンスが出た後、驚きと賞賛の声に変わりました。

−それはもっともだと思います。先ほどもお話ししましたが、強い組織力がなければ、この香港公演は実現できなかったかと思います。

香港では数年前にSARSが発生し、予定された演奏会な催しが全てキャンセルされたことがありました。そして久々に演奏された香港フィルの演奏会は今回日本フィルが演奏するシティーホールで行われました。
メインプロはブラームスのダブルコンチェルトですが、ヴァイオリンとチェロのソリストは香港に来なかったため、香港フィルのコンサートマスターと主席チェロが当時の音楽監督アサートンの元で演奏しました。
その時の観客はホールの半分程度しか入りませんでしたが、拍手は3倍ぐらいでした。

サントリーホールでも同じことが起こりました。77人の素晴らしい拍手に迎えられました。
私としては決して忘れることの出来ない演奏会だと思います。


今回香港ツアーで選ばれた曲目について教えてください。

−オーケストラ側からいくつかの提案があり、その中から選択をしました。
日本のオーケストラの演奏ですので、芥川也寸志さんの"交響管弦楽のための音楽"を選びました。彼はチェレプニンの孫弟子となるのですが、彼のこの作品を見ると非常にクラシックなオーケストレーションで、様々な性格がスコアから出てきます。特徴としてはそれぞれの楽器の良さを活かしてあるところです。色々なモチーフがたくさん出てくるのですが、その意味でオーケストラのレベルが問われる作品です。メンバーそれぞれの楽器の特徴を見せる場がある作品です。こういう説明をしますとボレロのような作品か、と思われるかも知れませんが、ソロ演奏の見せ場ではなく、"シェヘラザード"のようにそれぞれの楽器セクション毎の見せ場が出てくる作品です。
 
プロコフィエフ交響曲については1番や5番に比べてあまり演奏される機会が無いからこそ、7番を選びました。日本フィルとはご承知のとおりプロコフィエフ交響曲チクルスを行っており、6番の演奏(今年6月)でチクルスを終えることとなります。そういう事で日本フィルとしてはプロコフィエフ交響曲を演奏する状態が出来上がっているのです。香港ツアーでは実はプロコフィエフ交響曲として3番と4番も演奏候補にあがっていたのですが、最終的には7番を演奏することにしました。

香港アートフェスティバルは今年39回目で毎年春に開催されています。今まで日本のオーケストラとしては1973年に新日本フィル(小澤征爾指揮)、2002年にNHK交響楽団(デュトワ指揮)がこのフェスティバルに招聘されただけです。一方香港では日本のオーケストラについて関心が高いのですが、世界的なCDメーカーとの録音が無いので、知られていないのが現実です。

−今日本で日本フィルが一番ですから、招聘されるのは当然でしょう。そして日本フィルは技術力の高い素晴らしいオーケストラですよ!また今回共演する幸田浩子さんは素晴らしい歌手ですね。彼女のロシア音楽への理解や演奏方法についてですが、何しろモスクワ音楽院出身の私が太鼓判を押す位ですから。日本フィルは日本の誇りですが、幸田さんのようなロシア音楽を演奏される素晴らしい歌手と共演することで、素晴らしい日本フィルがダイヤモンドをつけた王冠で登場するようなものです。

演奏会直前のインタビューにも関わらずありがとうございました。

−素晴らしい日本フィルの演奏をお聞かせしますので、ぜひご期待ください。

3/18 屯門(Tuen Mon)ホール
アレクサンドル:ラザレフ 日本フィルハーモニー交響楽団
ブリテン:"青少年のための管弦楽入門"
プロコフィエフ:"ロメオとジュリエット"(ラザレフ版)

3/19 シティーホール
アレクサンドル:ラザレフ 日本フィルハーモニー交響楽団
幸田浩子(s)
芥川也寸志:"交響管弦楽のための音楽"
グルエール:"コロラトゥーラ・ソプラノのための協奏曲"
ラフマニノフ:"ヴォッカリース"
プロコフィエフ交響曲第7番

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