山田和樹さん、ドイツ・ラジオ・フィルの小ツアーで魅せる

(加納 民夫様より、日本フィル正指揮者山田和樹指揮で10月中旬に開催されたザールブリュッケン・カイザースラウテン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団ツアーのリポートを頂きました。)


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7月のスイス・ロマンド管弦楽団との日本公演で大成功した日本フィル正指揮者の山田和樹さんが、10月中旬に名門ドイツ・ラジオ・フィルハーモニーザールブリュッケンカールスルーエマインツの3都市でコンサートを行いました。山田さんは、この小ツアーでもその豊かな音楽性でドイツ南西部の音楽ファンを魅了しました。これは、そのリポートです。

ドイツ・ラジオ・フィルハーモニー。正式には、ザールブリュッケンカイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団という何とも長い名前です。ドイツの放送局の組織統合により、2007年9月にザールブリュッケンで活躍するザールブリュッケン放送交響楽団カイザースラウテルンで活躍するカイザースラウテルンSWR放送管弦楽団が合併して再スタートしたオーケストラです。両者の名称を並列させるところが、何とも律義でドイツ的かも知れません。運営は、それぞれのオーケストラが所属していたザールラント放送協会(SR)と南西ドイツ放送協会(SWR)のふたつの放送局です。
長い名前といえば、“Mr.S”で日本でもおなじみの指揮者スタニスラフ・スクロヴァチェフスキさんは、1994年からこのオーケストラの首席客演指揮者を務めており、ベートーヴェンブルックナー交響曲全集は今でも高く評価されています。私がかつてNHK交響楽団事務局に在籍していたころ、客演してくれたMr.Sからザールブリュッケン放送響のレベルの高さを聞いていましたので、山田さんがこのオーケストラを2年半ぶりに指揮すると聞いてこれはぜひ聴いてみたいと思い立ち当地を訪れたのでした。

ザールブリュッケンは、ドイツ西部にあるザールラント州の州都です。ドイツ最大の空の玄関フランクフルト国際空港から特急列車で2時間半ほど。フランスのアルザス・ロレーヌ地方と国境を面しています。石炭や鉄鉱石などの豊富な地下資源を巡り、ドイツとフランスで領有権争いがひんぱんに起こった地です。それだからか、この街に住む人々も、料理も、ワインも、いわゆるドイツ的な雰囲気とは異なり、フランス文化の影響を強く受けているとの印象を受けました。

今回のドイツ・ラジオ・フィルのプログラム、1曲目が藤倉大《レア・グラヴィティ》、2曲目がチャイコフスキーロココ風の主題による変奏曲》、後半はリムスキー・コルサコフ《交響組曲シェエラザード」》でした。《レア》は7月のスイス・ロマンド来日公演の際に世界初演され、山田さんに献呈された作品です。《ロココ風》はチェロではなくヴィオラをソロにしたバージョンでした。ソリストウクライナ出身のマキシム・リザノフさん。アレンジもリザノフさんによるものです。休憩後の《シェエラザード》はヴァイオリン・ソロが物語の語り手のシェエラザードを描きますがが、ヴァイオリンはコンサート・ミストレス候補で中国出身のカオ・シャンツィさんでした。

今回、3日間の練習の2日目から聴かせていただくことにしていたのですが、スーパー台風の影響でフライトが遅延したため1日だけとなってしまったのが、少々残念でした。山田さんの話では初日の練習はスムースにいったそうですが、オーケストラとしては演奏機会の少ない曲ばかりだったためか、2日目は細部を詰めていくに従ってかなり難渋したそうです。3日目の練習では、その難渋を経験したためか山田さんへの求心力が高まっており、彼のさらなる要求にもオーケストラの高い力量を聴かせてくれました。

小ツアー初日のコンサートは、拠点ホールのザールブリュッケン・コングレスザール。このホールは国際会議に使われたり、舞踏会場にもなる多目的ホールです。楽屋ロビーにはレオポルド・ストコフスキーの写真も掲げられており、その伝統を感じさせます。開演は夜8時、客席はほぼ満席でした。当地のお客さんも年齢が高そうですが、それでもカップルを含めた若いリスナーもかなりいて日本とのオーケストラ文化の定着度の違いを感じました。

1曲目の藤倉《レア》は羊水に浮かぶ新しい生命をイメージした作品です。ドイツの放送オーケストラは新作をたいへん得意としており、また山田さんもスイス・ロマンドとの演奏を重ねてきたからかもしれませんが、世界初演よりさらに幻想的な情景が描かれました。ヴィオラをソロとしたチャイコフスキーロココ風》はオーケストラには何も手が加えられていないそうですが、楽器としてチェロよりも小回りのきくヴィオラの特性を活かしメロディをオクターブ高くしたり、逆に低音の不足分を補うような重音などの工夫がされていました。ただ自分の編曲だからかテンポもダイナミックもアゴーギクも自由きままで、合わせものの得意な山田さんだからこそ、見事に盛り上げたと言えるでしょう。

15分の休憩後はリムスキー・コルサコフ《交響組曲シェエラザード」》です。山田さん、学生時代にはそれほど好きな作品ではなかったそうですが、ロシアのオーケストラを指揮したり、スイス・ロマンド日本公演などで演奏したりして、いまやすっかり彼のレパートリーに加えられた作品になっています。この作品の演奏、昨今はテンポを早めにとりヴァイオリン・ソロの名人芸を際立たせるものが多いようですが、山田さんはスイス・ロマンドで聴かせてくれたテンポよりさらにゆったりと、まさに千夜一夜の官能的な世界を再現しているかのような演奏でした。多くの録音の演奏時間は45分前後ですが、山田さんの演奏では50分ほどかかっていました。特に第3楽章「若い王子と王女」でのゆったりとしたスケールの大きなテンポは、音の絵巻を観ているようで圧巻でした。ヴァイオリン・ソロのカオさんも、それによく応えていました。最後の一音がピアニッシモで消え入るように終わり、山田さんが静かに指揮棒を降ろすと客席からは「ブラボー」の声と嵐のような拍手が沸き起こりました。楽員さんたちの表情もいい演奏をしたときの満足感であふれ、各パートでそれぞれとなりの楽員さんたちと笑顔でたたえ合っていました。

ドイツのオーケストラというと質実剛健、低音から高音に向かってサウンドを創り上げていくようなイメージがあるかと思いますが、このオーケストラはそうした面も持ち合わせながら、軽く小回りのきくニュアンスも持ち合わせているのです。やはりこれもフランスとの国境近くで培った、この地方独特の民族性なのでしょうか。


10月18日は、カールスルーエでのコンサートです。カールスルーエは、ドイツ南西部のフランスとスイスの国境に面したシュトゥットガルトを州都とするバーデン=ヴュルテンベルク州第3の都市です。ここの音楽大学1812年にそのルーツが誕生していますから歴史も長く、また日本人も多く留学しています。会場はドイツ・フィルハーモニー・コンツェルトハウス。緑豊かで、湖が点在する広い公園のなかにある静かな環境のホールです。ここでのコンサートも、スタンディングオベーションをするお客さまも見受けられ、喝采のうちに終演しました。

10月20日は、マインツでのコンサートです。カールスルーエからは列車での移動です。しかし当日、ドイツ鉄道の動力車労働組合ストライキが決行されました。とはいっても何本かの列車は間引きで運転されており、それに飛び乗ることができました。マインツは、ライン川とマイン川が合流する場所に位置する交通の要衝で、ライン下りの船着場もあります。また、活版印刷を発明したヨハネス・グーテンベルクの出身地としても知られています。会場はラインゴールド・ホール。ライン川添いの大きな空間のホールです。山田さんとオーケストラの関係は日増しに信頼度が上がっていったようで、最後のマインツでのコンサート終演後は、別れを惜しむ楽員が山田さんの楽屋を訪れ握手を求めていました。オーケストラの事務局長さんも、近い時期にまた指揮して欲しいと最大の賛辞を贈っていました。

今回の旅の最後に、山田さんが住んでいるベルリンに立ち寄りました。ベルリン放送交響楽団定期演奏会を聴くためです。ベルリン放響は巨匠マレク・ヤノフフキさんが芸術監督で首席指揮者を務める名門オーケストラで、ぜひ現地で聴いてみたいと思ったのです。会場はベルリン・フィルの本拠地でもあるフィルハーモニー・ザール、指揮はロンドン生まれのカレル・マルク・チチョンさんです。曲はドヴォルザーク《歌劇「アルミーダ」序曲》、グリーグ《ピアノ協奏曲》(ソロは日本でもおなじみのアリス=紗良・オットさん)、そしてドヴォルザーク交響曲第5番》でした。チチョンさん、今回山田さんが小ツアーを行ったドイツ・ラジオ・フィルの首席指揮者を2011年から務めています。さらに来年1月下旬に来日、N響を指揮する予定になっています。ベルリン放響は、やはりドイツ的な分厚いサウンドのオーケストラでした。来年3月にヤノフスキさんとの来日が予定されています。

今回の訪独で、山田和樹さんのヨーロッパでの順調な指揮ぶり、そしてオーケストラとのコラボレーションを目の当たりにしました。各地での、さらなる活躍が期待されています。

                                           
加納 民夫