第5弾 マーラー第3番交曲の巻 その4

第6楽章には、モニターが一人増えました。(=●)

第6楽章
で、このままアタッカで第6楽章に入ります。

♪(第6楽章)

この(ラレドシ)というメロディさえ覚えれば、もうこの楽章はいいのでは?
この曲にもいくつかの主題があって・・・というような解説をしてもいいんだけれど、そういったことを意識しながら聴くよりも、十分曲が美しいので、ただただ純粋に耳を傾けたほうが良いと思います。このコラールのようなメロディ・・・。
この楽章が好きになれるかどうかが、マーラー好きになれるかなれないかの瀬戸際かも。つまり散々長々と5楽章まで聴いた後で、この第6楽章にあってあと25分続くわけですが、これを「綺麗!」と思うか「まだ続くのかよ」と思うかで、マーラー好きになれるかどうかが決まる。

紙一重ですね。

まさに紙一重なんです。で、マーラーアダージョ系で有名なのは3番と5番と9番あたりですね。いずれも弦楽器が主体で始まるんですけれど、5番はいわば造られた美なんです。映画「ヴェニスに死す」で使われちゃうような、すごく人工的な美なんです。9番はもう死を前にした諦観した末の美しさ。それに対して3番のフィナーレは、自然を賛美しているということもあるんですけれども、純粋で肯定的な美しさだと思う。
この冒頭部分は金管の休憩箇所なのかもしれない。マーラーも現場の人なので、さすがにこの酷使はまずいよな、と。5番も第5楽章で金管が鳴るわけですよ。でも3楽章まででもいっぱい鳴らしているから、4楽章では金管がない。さすがに吹きっぱなしはまずかろうと、思ったのかもしれませんね。

■あまり静かな曲だと、自分の心の音が聞こえるというか、マーラーもそういう境地なのかな。マーラーは奥さんはこのときいたんですか。

この曲の作曲時はまだ結婚していません。7年後42歳で23歳のアルマと結婚します。5番6番になるととっても関係してくるんだけど。5番なんかはラブラブの時代ですから、最後は勝利と喜びに満ちて終わる。対して、10番ではアルマの不倫問題もあって非常に混迷した音楽になってる。
あ、ここオーボエがあって、少し新しいメロディ。ホルンが出ます。

●あまり休憩してないですよね、ホルン。

そうですね(笑)。ここでホルン4本がドカンと来ます。このあとの弦楽器に出てくるアクセントつきの下行音型は、マーラーはよく使います。交響曲第1番の4楽章の中間部とかもそうです。こういうところなんて感極まってという感じで。

●・・・マーラーの中では、音は鳴っていたんですかね。

■それを前も話していたんです。楽譜上で組み立てるのか、頭のなかで鳴っているのかな、って。どちらにしても、たいした妄想癖ですよね。

●たしかに。

・・・ここらへんは9番の第4楽章にそっくりなんですね。次に木管がユニゾンで入ります。でも弦は1楽章で弾いたメロディを弾いていて、オブリガード的に木管が上に。
楽員さんもツイッターフェイスブックで、第6楽章がきれいで弾いていてたまんないって、書いていますけれど、やっぱり奏者にとってたまらなく美しく感じるようです。
あ、今日は敢えて全部聴き通しますからね。覚悟するように。

■にやにやしてる

♪しばらく黙って聴く。
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マーラーのこの第6楽章は、聴いていて恥ずかしくないです。毒があるからか。ラフマニノフだと赤面してしまうくらい甘〜いのに。


なるほどね。さて、この楽章の頭のメロディは、第1楽章の冒頭と同じ、ラーレって4度あがっています。第1楽章と一緒のメロディ。でもやっぱり楽章を超えて「響き交わし」をしている点でも、この曲はシンフォニー(交響曲)なんですよ。

■当時の聴衆はこの曲をどういう感じで聴いたんでしょう。

まず、いくつかの楽章が抜粋されて初演された後、1902年にドイツで全曲初演が行われました。当時の聴衆にとって全てが規格外の音楽だったと思うけど、初演はそれないに成功を収めたようです。


■それにしても指揮者って、早熟なんですね。インキネンさんの若さで、この100分を振るんですね。インキネンさんの振りざまは、どうでしたか。

振りざまは、そんなに極端に暴れまわったりしません。端整な指揮ですよ。でもあんまり練習もねちねちやる感じではないんです。棒で伝わってしまうんでしょうね。

■ここに至ってもトランペット、大変ですね。

大変ですよ。最後にこれ、やる?みたいな。最後にドカンとくるための、儀式みたいですよね。ワーグナーのオペラみたい。パルジファルとか。


●初演の時は休憩、あったんでしょうかね。

どうでしょうね。2番のシンフォニーは1楽章が25分くらいかかるんですけれど、譜面に、1楽章あとに休憩を5分間とるように、と指示があります。それを実際にやる人はあまりいませんけれど。

■休憩時って何をしたんでしょうね。劇場文化って、作曲にも影響したんでしょうね。

さて、今流れている部分で、これまで出てきた主題をおさらいしています。で、この後クライマックスです。まずトランペットと、トロンボーン・・・そして二対のティンパニ

♪演奏が終わる

 ・・・こんな感じで、恥ずかしいぐらい華やかに終わります。最初はニ短調ではじまって、最後は華々しくニ長調のコードが鳴り響きます。

●意外と普通。

普通?

●第1番の印象が強くて。

ああ、第1番の方が変わってるかもしれませんね。じゃぁせっかくだから他のシンフォニーの終わり方を聴いてみましょうか。これ第5番の最後。

エヴァンゲリオン、みたいですね。

なるほど(笑)。

■インキネンのマーラー撰集は、これからどうなるんですっけ

次に来年の4月に第5番やってひとまず終了です。でも4月に出来なかった第6番《悲劇的》を必ずリヴェンジしよう!とインキネンとは話をしています。

♪第2番の最後も、聴いてみました。

第2番の最後に比べると、第3番の終わりはシンプルかもね。

●今回プログラム原稿作っているとき、すごく楽器が多くてビックリしました。打楽器とかも、「これは何?」というようなものが。

鞭、とかね。

■やっぱりいろんな音が欲しかったのかな。

7番とかもっと変。ギターとマンドリンとか入ってる。

■音の色彩みたいなものを追求した人なんでしょうかね

などとつらつらと話していたら、いつの間にやら定期の日になってしまいました。

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