公演担当と一緒に、東京定期を聴こう。第8弾 ラヴェル《ラ・ヴァルス》の巻 その1
オーケストラコンサートの企画担当者が秘めている(?)「ここをお客様に伝えたい!」想いにつっこみを入れながらの会議室ヴァーチャルコンサート「公演担当者と一緒に、オーケストラを聴こう」。なぜか東京定期ばかりが続いて第8弾目となりました。
12月東京定期(指揮:山田和樹)です。お楽しみ下さい。そしてホールで、お会いしましょう!
その1.ちょっと狂気じみたワルツをどうぞ。
♪ラヴェル:《ラ・ヴァルス》
この曲、聴いたことあります?
●・・・ピアノ曲で聴いたような。
たしかにピアノ・ソロやデュオでも演奏される曲です。全部で13分くらいの曲ですから、まずは全部聴いてみましょう。
♪ワルツは続きます。黙々と、聴く。
●このプログラム、山田和樹さんがブザンソンで優勝する前に立てたんですか。
いいえ、コンクールの後です。
♪ハープが華麗に響き、甲高い金属音、そのあともごもごと蠢く低弦が聴こえたと思ったらミュート付きの金管楽器の音が遠くからします。大太鼓の音も、どこからか。めくるめく世界の、まるで実況中継の難しい曲です。
●質の良い酔っぱらいが、いっぱい踊っている感じですね。
なるほどねぇ(笑)
♪ 非常に破壊的な音がします。砕け散って、終わりました。
さてさて印象は、どうですか?
●忙しい。色があってどんどん移り変わるから、大変そう。
リズムは文字通りワルツですよね(最後の数小節でぐちゃぐちゃになるけれども)。あとドビュッシー同様、このころのフランス音楽によくあるように金属打楽器を多用している。あとハープの多用。ベートーヴェンやブラームスでは絶対あり得なかった音が鳴りますよね。例えば打楽器の編成をみると、タンブリン、トライアングル、シンバル、カスタネット、クロタル、ドラ、グロッケンシュピール、でハープも2台。キラキラ系の楽器がいっぱい並んでいるでしょ?
元々ラヴェルは、1900年代初頭にヨハン・シュトラウス2世へのオマージュを込めてワルツを書こうとしました。「交響詩《ウィーン》」という構想もできていたのです。でもその後に第1次世界大戦があったりとか、母親が亡くなったりとか、自分を取り巻く環境が変わっていった。そうすると、単にロマンティックな19世紀の在りし日を懐古する曲を書けばよい、という状況になってしまったわけです。
最終的に《ラ・ヴァルス》は、1920年にバレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のために作曲されました。でも興行主のディアギレフがこの曲を気に入らず、ディアギレフとラヴェルはその後仲違いしてしまう。そのため、まずは1920年に2台ピアノ版で初演を行い、同じ年の2ヶ月後に純粋なオーケストラ曲として世に発表されました。
1900年台の初頭に、ラヴェルがワルツにこだわっていた証拠として、彼の《高雅で感傷的なワルツ》という作品があるので、聴いてみて下さい。第7曲なんか聴くとまさに、《ラ・ヴァルス》の断片が聴こえます。
♪ラヴェル:《高雅で感傷的なワルツ》より第7曲
●《ラ・ヴァルス》と区別、つきません・・・。
そっくり。「ダダダン・ダン」というスペイン風のリズムの使用やハープの使い方も。
でもこのワルツはどう見たって、ウィンナー・ワルツ的な「イチニっサン」(2拍目が重い)感覚じゃないんですよ。完全にフランス。響きもフランス。どこにヨハン・シュトラウス2世がいるのかまったくわからないほど完全に変容されている。ものの本によっては、この《ラ・ヴァルス》はラヴェル版《死の舞踏》だと指摘するくらい独特な世界観を誇っています。《美しき青きドナウ》のロマンはどこへやら・・・完全に狂気の世界ですよね、特に最後のほうは。
ラヴェルがスコア上に書いている言葉を紹介します。
「渦巻く雲の中からワルツを踊る男女がかすかに浮かび上がってくる。雲が自然に晴れ上がってくると、渦巻く群衆で埋め尽くされたダンス会場が現れ、その光景が少しずつ描かれていく。オーケストラのフォルティッシモでシャンデリアが輝く。1855年ごろのオーストリア宮廷が舞台である」
冒頭の部分、聴こえないぐらいの音で低弦が蠢いているのね。これなんかは完全に「渦巻く雲」、という感じですよね。また「だんだん晴れ上がって」のところをとても象徴的に表しているところが譜面にあります。それがここなんですが・・・
(スコアをめくる)
「ひとりずつ弱音器をはずしていって、最終的に16番で全員弱音器無しの音を出す」という設定をしています。これはだんだん晴れて行く雲と、見えてくる風景に即しているのかな、という気がしますね。
曲が進むに従って、リズムの歪みや転調が展開されてゆきます。また金管楽器の破壊的なサウンドや弦楽器の幻惑的なグリッサンドが挿入されたりします。
考えようによっては、「不安の時代」を目の前にした人々が、現実逃避のように踊り狂っている、というような感じすらします。
●すごく大人っぽいお化け屋敷みたいですよね。
すごく皮肉めいているのね。少しマーラーに近い世界観というか・・・。どこか死の影が匂う。でもそこはやはりフランの作曲家ラヴェルですから、ベースとなる響きはとってもオシャレなのですが。
●この曲を、ラヴェルはどんなライフステージで書いたんですか。
1920年作曲だから、ラヴェルが45歳の頃ですね(生年:1875年、没年:1937年)。
その2に続く。
12月東京定期の演奏会情報は、こちら