山田和樹の西方見聞録 2013年11月20日 モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者就任発表

生まれて初めてヘリコプターに乗った。
ニース空港からモンテカルロまで車だと30〜40分かかるところをヘリコプターだとたったの7分。もっと怖いものかと想像していたが、思いのほか快適だった。
モナコ公国を訪れるのは今回で4度目。モンテカルロフィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者への就任発表のためだ。
2011年に音楽監督であったヤコフ・クライツベルク氏の逝去に伴い、その代役として同団を指揮したのが最初の出会いだった。オーケストラとクライツベルク氏との関係はすこぶる良いものだったそうで、オーケストラ全体を悲しみが覆っていた。音楽監督を失ったオーケストラというのは方向性を見失ってしまう危険があっただろう。その中でも僕との演奏会はとても上手くいったらしく、それ以来オーケストラと親密な関係がスタートすることになった。
2012年に定期演奏会に登壇した時も、今年の夏の音楽祭の時も、最初のリハーサルでは、まだチューニング途中だというのに万雷の拍手で迎えてくれたことが嬉しかった。
僕はフランス語が話せる訳ではない。それでも練習番号などは最低限フランス語で伝えるように努めているのであるが、どういう訳か、ここモナコでは僕のフランス語は通じにくい。パリでもジュネーヴでも問題なくいくのだが…ひょっとしたらいわゆる「訛り」の問題かも知れない。ここモナコは一方を地中海に、三方をフランスに取り囲まれているが、目と鼻の先にはイタリアが。その分イタリア料理は美味しいのだが、言葉でもそれなりに違いがあるのかも知れない。
ということで正直、言語でのコミュニケーションには少々難ありなのだが、それが音楽を作っていく上では全く問題にならないオーケストラでもある。僕の頭の中のイメージを嗅ぎ取り、雰囲気を掴みとっていき、全体が一つになった時にはこのオーケストラ特有の独特な一体感が生まれる。
オーケストラとの良好な関係もそうなのだが、今回特に嬉しかったのは、現在の芸術監督であるジャンルイジ・ジェルメッティ氏からの強い推薦があったことである。マエストロ・ジェルメッティが僕の演奏会に来てくれたのは一回だけなのだが、その一回の印象で僕を首席客演指揮者として招くことを決めてくれたらしい。
実は僕が高校生の時、初めて自分でチケットを買って聴きに行ったコンサートは、日本フィルの横浜定期演奏会なのだが、その時の指揮者がマエストロ・ジェルメッティだったのである。その時の感動的な演奏は今でも鮮明に覚えている。ブラームスの第一交響曲だったのだが、緊張感溢れる演奏に身震いしたものだった。その僕が今では日本フィルの正指揮者を務めていることなど、この面白い「縁」についてマエストロと話が盛り上がった。
就任発表の後、マエストロとご飯を一緒に。イタリアンの美味しい料理やワインをいただきながら、どんどんと演奏会の曲目が決まっていく。「ここでは好きな曲を自由に取り上げて欲しい。何をやりたい?」と言うマエストロに、僕は一つ一つ曲目を挙げていくのだが、気づけばそれでほとんど二年間のプログラムが出来上がっていた。
本当に気さくなマエストロで、「人間」そのものを大切になさる温かい人柄に、周りの人は思わず顔が綻んでしまう。
敬愛するマエストロ・ジェルメッティとコンビを組んで、モンテカルロ・フィルに関われることを本当に嬉しく思っている。
首席客演指揮者としての任期は2014年9月から2年間、年に2回の定期演奏会と、宮殿の中庭で行われる夏の音楽祭、特別演奏会、演奏旅行に参加していく予定である。