2013/08/31 山田和樹の西方見聞録<6月7・8日 カスティーリャ・イ・レオン交響楽団定期演奏会>

スペインにこんな素晴らしいオーケストラがあったなんて!

  • 半ば失礼と思いながらも、これが正直な感想。

オーケストラの本拠地は、バリャドリッド。スペインの首都であるマドリッドから北北西に電車で1時間。カスティーリャ・イ・レオン州の州都にあたる。

こんなことは珍しいのだが、6日間の滞在中、日本人はおろか、ついにアジア人に一人も遭遇することが無かった。街には日本食レストランもあって行ってみたのだが、「味噌ラーメン」は味噌汁にラーメンが入っているという代物でちょっといただけなかった。やはり日本人がここには居ないのだ。でも他の天ぷらや焼き鳥、お寿司は意外といけた。

街に着いてからというのも、どうも生活のテンポが僕には合わないような気がしていた。特に食事時間なのだが、僕が食べたいと思う時間帯にはレストランが空いていないのだ。昼食だと14時以降にならないと、夕食だと21時以降にならないとレストランが開店しない。調べてみると、スペインでは午前のおやつと夕方のおやつを含めて一日5食という食文化があるそうで、地理的な理由からも、実際の時刻から「2時間引いて考える」とちょうど良いそうなのだ。なるほど、2時間引いて考えれば、昼食は12時、夕食は19時と一般的になってくる。でもやっぱりお腹がすく時間に食べられない、というのはどうにも馴染めなかった。パエリアにお肉にワインに、料理自体はすごく楽しめるのだけれど。

本題のオーケストラ。
初めてスペインのオーケストラを指揮するというので、実は相当な覚悟をしていった。
時間通りに始まるか、人数は揃っているか、英語は通じるか、私語が絶えないのではないか、言うことをきかないのではないか、などなど。
結論から言うと、それらの心配は全て杞憂に終わった。リハーサル中も、日本のオーケストラのように真面目で静かであり、僕の言うことに熱心に耳を傾けてくれる。それどころか、高い機能性を持つオーケストラで、アンサンブル力はなかなかのもの、音もどんどん変わって良くなる。世界的にAランクのオーケストラとして知られてもよいレヴェルなのに、あまり有名でないのが残念なところ。来年はじめにはマドリードでスペイン放送交響楽団を指揮する予定があるのだが、また違った個性があるのかどうか俄然楽しみになった。

話は少し遡って、スペインへ発つ数日前、ソリストであるルイス・フェルナンド・ペレスから電話がかかってきた。彼とは、金沢とワルシャワラ・フォル・ジュルネ音楽祭で共演していて、音楽的に相思相愛の仲だ。「背中の痛みがひどく、とてもスクリャービンの協奏曲は演奏できない・・」と言うので、残念ながらキャンセルかとも思ったのだが、「でも貴重な共演機会を逃すのは惜しすぎる。身体への負担が少ない曲目に変更できれば・・」ということで、オーケストラの理解も得ることができて、ファリャの『スペインの庭の夜』を演奏することになった。

この作品、僕はそれまで知らなかったのだが、いわゆるお国ものであるから、スペインでは頻繁に演奏される曲である。協奏曲ほど華々しくはないのだが、ピアノを中心に独特の情緒あふれる音楽が展開されていく。

僕のスペインデビューで、スペインの作曲家の曲を、スペインのオーケストラとソリストで演奏できることになり、結果的にはとても良かった。

ファリャ/交響的印象『スペインの庭の夜』
グラズノフ交響曲第5番

交響曲も熱演。
一日目の本番では、そのままレコーディングできるくらいの精緻な演奏が展開された。拍手喝采。でも何かひと味足りないような気もしていた。演奏としては完璧とも思えるくらいの出来なのだが、彼らの持ち味が今一つ出せていないような気がしたのだ。

二日目の本番、演奏が乗ってきたところで、僕はあえてアンサンブルを乱すような指揮をはじめた。そうすると、スペインの赤い血がたぎるかのように、オーケストラが大きくうねり始めた。いわゆる縦線は合っていないのだが「はっちゃける」というのか、彼らの本気がそこに現れた。
演奏しながら思っていたのは、やはり音楽的に良い演奏をすることだけが目的なのではなく、そのオーケストラの持ち味・個性を最大限に発揮させることも指揮者の重要な役割なのではないかと。どこのオーケストラからでも同じ演奏を引き出せる素晴らしい指揮者もいるのだが、僕はそのようなタイプではなく、それぞれのオーケストラの良さが発揮できるような音楽づくりを目指していきたいと改めて思った演奏会だった。