山田和樹の西方見聞録 9月20・21日 トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団

フィンランドー森と湖の国。ムーミンとサンタクロースの故郷としても知られている。作曲家ではシベリウスを輩出した国だ。
トゥルクは、そのフィンランドの第3の都市にあたる。首都ヘルシンキから西に電車で約2時間の場所にある。
実は僕がここを訪れるのは2回目。もう10年も前に、ヨーロッパを転々と一人旅行していた時期があって、ここトゥルクにも立ち寄った。主な目的はシベリウス博物館を訪ねることだったのだが、足を伸ばして「ムーミンワールド」にも行ってきた。「ムーミンワールド」はトゥルクからさらにバスで30分少し、ナーンタリという街の入江に浮かぶ島にある。あのアニメに出てくるムーミンの家があって、もちろんキャラクター達も勢揃いで、とても楽しいテーマパークなのだが、周りはもちろん家族連れだらけ、大の男一人だけというのが少々恥ずかしかった(笑)
いつものように練習初日の前日に現地入り。
今回は大阪フィルの定期演奏会を終えて、日本からの移動だったのだが、トゥルクに着いてその気温差に唖然。秋を通りこして「冬」という感じで、コートが必要だった。

トゥルク・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会
武満徹/3つの映画音楽
ジョン・ウィリアムズ/The Five Sacred Trees(ファゴット独奏:ミッコ・ペッカ)
グラズノフ交響曲第5番

トゥルク・フィルの音楽監督は、日本でもお馴染みのレイフ・セーゲルスタムさん。その容姿からサンタクロースを彷彿とさせるようなマエストロなのだが、ご本人は「ブラームスに似ている」と仰るそうである。セーゲルスタムさんは作曲家でもあり、交響曲はなんと250曲以上!
ちなみに、僕の前の週の客演指揮者は、ピエタリ・インキネンさん(日本フィル首席客演指揮者)だった。縁を感じる。
さて、グラズノフから練習開始。
その序奏からもう感動してしまうほどの豊穣な音楽が流れる。舞台上の響きも素晴らしく、身体全体が音で包まれるようだ。ここのオーケストラの音色を口で説明するのは難しい。すごく澄んでいてピュアな音なのだが、それでいて迫力があるという、、。特に弦楽器のサウンドは僕がこれまで耳にしたことのないものだった。最初からコミュニケーションもうまくいき、作品への共感も同じように持てた感触
だったので一安心。無事に初日のリハーサルを終える。
次の日からは、ジョン・ウィリアムズファゴット協奏曲の練習も。ジョン・ウィリアムズといえば、「スター・ウォーズ」「ハリー・ポッター」などポピュラーな映画音楽の印象が強い。しかしながら、今回のファゴット協奏曲は、どちらかというと現代音楽寄りの難しい音楽。練習もさぞかし大変だろうと思ったのだが、オーケストラは難なく演奏してしまう。音楽監督のセーゲルスタムさんの影響だろうか、このオーケストラは現代音楽にも慣れているようで、機敏なアンサンブルを見せてくれた。
ソリストのミッコ・ペッカさんは現在、ヘルシンキ・フィルの首席奏者。ファゴットでこんなことも出来るんだと、その超絶技巧には息を呑んだ。学生時代、トゥルクで音楽の勉強をしていたそうで、先生はもちろんトゥルク・フィルのメンバー。
師弟の共演、さぞかし嬉しかったことと思う。
武満さんの曲も順調に練習が進む。曲自体は、アメリカン・ジャズ風だったり、ドイツ・ワルツ風だったりするのだが、オーケストラからしてみれば、日本人作曲家の作品を日本人指揮者と演奏するとあって、練習中から敬意が溢れていた。
そして演奏会。二晩行われる。
リハーサルからフルパワーかと思ったのだが、それ以上に素晴らしい音楽が流れる。
特に交響曲で、初日の3楽章の高揚感と、二日目の4楽章最後の一体感は忘れられない。
全てが一体となっている時、自分が透明になっているような印象を感じる。ひょっとしたら、指揮者というのは自分の存在をなくすために努力する、そんな側面があるのかも知れないと思った。
演奏会を終えて、ベテランのフルート奏者が、「演奏しながら、アケオ・ワタナベを思い出した」と言いに来てくれた。
フィンランドとゆかりの深い渡邊暁雄先生、聞けばトゥルク・フィルにも客演されていたらしい。師匠の師匠である渡邊暁雄先生と何か通じるものがあったのだろうか。指揮者の系譜において受け継がれる血、DNAのようなものを感じるエピソードで心底嬉しかった。
また、首席チェロ奏者も両手を広げて来てくれて、抱擁。
「素晴らしかった。またすぐ来てくれ。でもその時に僕はいないけど」と満面の笑みで言うのだ。(定年制度だろう、リタイアの時を迎えようとしているのだ)
僕は嬉しさと切なさがごっちゃになった気持ちだった。
お客様との出会いが一期一会なように、考えてみればオーケストラも、そのメンバーで一緒に演奏することは一生に一度しかないのではないだろうか。
一日一日を大事に、一回一回の本番をもっともっと頑張らなくてはと想いを新たにした。

〜トゥルク・グルメ情報〜
☆「やすこの台所」
その名の通り、「やすこ」さんがやっている日本食屋さん。トゥルクの日本食屋さんはここだけ!日本人コミュニティの中心になっている店でもある。
僕も毎日お世話になった。おふくろの味が、体にも心にも優しい。
☆ヘスバーガー
フィンランドハンバーガーのチェーン店。ここトゥルク発祥で、1号店も現存しているとか。旅先に来てまでファストフードなんてと思い、しばらく食べなくて損をした。とにかく美味しい(感想には個人差があります)。ソースに秘密がありそうだ。