公演担当と一緒に、オーケストラを聴こう。 第4弾《春の祭典》の巻 その2

お花見ではない。「春の祭典」の世界

♪ 今日はしょっぱなから一緒に聴きつつ、語っています。

(独白)ストラヴィンスキーが夢で見た、ロシア正教とかが生まれる前の、ロシアの原始的な宗教のお祭りの様子を書いている。「春の祭典」って書いてあるけど、最終的には神様に生け贄を捧げるに至る。村の酋長が出てきたりとか、生け贄になる女の子たちが出てきたりとか、すごい原始的な話なのね。書かれていることは高度な書かれ方をしているんだけど、こうやって不安定なリズム構造を使うことによって、呪術的でプリミティヴな混沌とした世界観を描いている。だから、きれいにドミソの和音が鳴るような、整理された音楽ではなくて、計算されてはいるけど「計算された混沌」なわけ。ストラヴィンスキー自身も作曲家として世界デビューを果たした頃。まだまだギラギラしていた時だから、とにかく己の才能の使えるものを全てここにぶちこんで、それまでなかったものを書き上げてやろうとしたんだろうね。ただあまりにこれまでにない音楽を書いてしまったものだから、初演のときには大混乱に陥ったと。同じロシア音楽でも普段チャイコフスキーばっかり聴いている人たちが、いきなりこんな曲あてられたらさすがにちょっとビックリしちゃうわけで。
でもまあ、ガムランやインドの音楽に比べれて《春の祭典》が単純とは言わないけれど、どんなに難しく書いてあっても、結局は12個の音しか使っておらず微分音は使っていないのだから、そんなに恐れることはない。

独白に突っ込む)■すごいね。クワハラさんも、これ振るなんて。ライヒの後に。
コバケンさんのように譜面見ないで振るマエストロもいますよ。

■譜面見る人のほうが、やっぱり多いの?(だって、あまりにどんどん進む曲なので、めくれないじゃんと思ったのでした)
まあね、事故の多い曲ですからね。

●事故っていうのは、どこ弾いているか分からなくなるということ?
そうそう。拍子間違えたりとかね。いま、ここにいます(と、譜面をさす)

8分の5、8分の5、8分の6・・・(と、また嬉々として宣言します)はい、これ7拍子。

●すでに分かりません。
おんなじ拍子が続く事ってほんの少ししかない。リズムに着目しただけでもどれだけ面白いかがわかるでしょ?
じゃ今度は《春の祭典》の冒頭部を聴いてみて下さい。

Stravinsky:” Le sacre du printemps”

これファゴットの音なんだけど、当時はこんな高い音からファゴットがはじまるという事はなかったわけ。ようは調子っぱずれな音が聴こえるような感じでしょ。当時はこのファゴットが鳴ったとたんにお客さんから失笑が漏れたと言われている。
(前島さんも仰っている)《シャネルとストラヴィンスキー》という映画では、この曲の世界初演の場面を再現している。1913年、今から98年前にシャンゼリゼ劇場では演奏中に会場が大混乱に陥った。今までこんな音楽、聴いた事なかったから。
音が調子っぱずれということに加えて、よく見るとほら、拍子が1小節ずつ変わっていくでしょ。

♪ 楽譜を追っていきます。

だんだん音楽が集積していくんだけど、このメロディもロシア正教の聖歌とか民謡とかを、パロッているというか、リミックスしている(と、前島さんは仰っている)。ここのアルトフルートとか、おまじない唱えているみたいでしょう。「んんんん〜〜(、と唸る)」って。もうメロディじゃないんですよ。完全に。

■拍子もなんか分からなくなっちゃうね。
そう。単純な4拍子とかワルツといた既存のリズム感覚では処理しきれない、とらえどころない不思議な感覚に包まれる。
で、この次に出てくる弦楽器が低音で「ダッダッダッダッ・・・」と刻む部分は、もしかしたら聴いた事があるかもしれない。一番ハルサイで有名なところ。

Stravinsky:” Le sacre du printemps”

普通の音楽だったら1拍目とか3拍目にアクセントつくのに、これはずらしているわけ。このあたりは、アフリカやアジアの民族音楽にも通じるリズム感覚ですよね。少なくともそれまでのクラシックの世界、つまりとモーツァルトブラームスの世界にはなかった。

♪ 音楽はどんどん進みます。公演担当者は、どんどん歌います。
■・・・よく歌えますね。
●・・・新人類に会っている気分なんですけど。
僕たちは今スコアをみているから、自分がどこにいるかある程度分かるんですけれど、演奏家って自分のパート譜しかないじゃないですか。もちろんリードする他の楽器の音は小さく書いてあるけれど。パート譜で今みたいに点いて行けるかっていうと、なかなかね。

■難しいよね。さっきの変拍子地獄のところは、以前マイクのワークショップでやったから少し私の中にも馴染みがある気がしたな。
一度体感していると分かるでしょ。

■やっぱり、染み込むもんですよね。
ある程度法則性があって、何回も出てくるからね。

■演奏する人の話を、聴いてみたいよね(Pod Castを、どうぞ)
こけ脅し的に、じゃあなんでもかんでもがなり立てて変拍子になってりゃいいのかと、いうわけではなくて、ストラヴィンスキーはすごく地味で緻密なことをやってる。この曲は第1部と第2部に分かれていて、全部で35分ぐらいある曲なんだけれど、第2部の冒頭部分を聴いてみて。

Stravinsky:” Le sacre du printemps”

もわぁっとして、灰色の響きがするでしょう。僕は初めて聴いた時「オーケストラからこんな音を引き出すのか!」ってとても驚いたのを覚えてる。
日本フィルのライブラリアンの鬼頭さんは、学生時代にこの曲をオーケストラで弾いた(ヴァイオリンを担当)事があるんだけど、彼女に言わせるとストラヴィンスキーの譜面は決して奏者に無理を強いるようなことはしてない、と。フラジオレットとか、ハーモニクスといった技巧を駆使して同時代のドビュッシーとかにも通ずるような、曖昧模糊とした不思議な響きを作り出しているんです。

■なんだかテルミンみたいな音がする。ひよーんって。
(続く)

ただならぬ世界、一緒に体験しましょう。
シズオ・Z・クワハラさん東京定期デビュー、ライヒとハルサイです。←演奏会情報はこちら