1月東京定期 ラザレフが刻むロシアの魂Season1 ラフマニノフ4 ピアノ協奏曲第2番の巻

コンサートの企画担当者と音楽を一緒に聴きながら、作曲家や指揮者や、オーケストラのこだわりについて訊けたらいいな、という企画「公演担当と一緒に、オーケストラを聴こう。」本番中におしゃべりはできないけれど、会議室でCDを聴きながらならできる。質問や感想をそのまま実況中継して、コンサートを身近に、興味を持っていただけたら幸いです。2012年7月の日本フィル・シリーズで語った以来ですから、ずいぶん間が空いてしまいました!それでは、ラザレフ来日の注目の1月東京定期演奏会、前半のピアノ協奏曲から一緒につっこんでまいりましょう。


これ、聴いたことあります?
(と、CDをかけて、いなくなってしまう担当者)

ラフマニノフピアノ協奏曲第2番より第1楽章

(お菓子の袋を持って戻ってきました、担当者)


●とてもモノラルな音がするんですけれど。


はい。これを演奏しているのが、何を隠そう、ラフマニノフ本人なんですね。かれこれ70年以上も前。
でも、そういう意味ではラフマニノフは結構現代作曲家なんですよ。1873年に生まれ1943年に70年の生涯を終えています。
比較的つい最近まで生きていた人です。


●19世紀末から、20世紀半ばまで。


そうですね。だから自身の演奏による録音が結構残っていて、《ヴォカリーズ》やピアノ協奏曲(全曲)もあるし、独奏も残っています。
あと今回演奏される交響曲第3番の録音もある。
第2番はないんです、残念だけど。

このピアノ協奏曲の演奏を聴くとわかるんだけど、本人は意外に淡々と弾くんですよね。
とても手が大きいひとだったから、自分にとってはそんなに難しくなかったのかもしれない。

この曲、譜面をみると結構唖然とするんです。
何故かといいますと・・・(スコアを持ち出す)、オーケストラ・パートの音符がずっとおおざっぱなの。
白い音符しかないんです!
最小単位でも四分音符。八分音符はほとんどない。


●ほんとですねえ。


すごい単純でしょう。
ピアノは音符が多い一方、オケはなんともシンプル、譜面だけ見るとね。
リヒャルト・シュトラウスみたいな緻密で細かいスコアと比べると、なんて単純なんでしょう、と思うぐらい。
だけど音にすると、すごく響きがいい。
ロマンの香りする。
ちゃんとラフマニノフの声になっている。
そこが逆にすごい。
策を労していないように見えて。


ラフマニノフの音楽って、「ガラーン」って音がしませんか。このピアノ協奏曲第2番
も、ただならぬ始まり方をしますね。


ロシアの鐘ですな。この人の楽曲の多くは、「鐘」とグレゴリオ聖歌の「怒りの日」が根底に流れるテーマだから。

シンフォニー第1番の大失敗の初演のあと、彼は曲を書けなくなり、精神的な病に陥いりました。その後、ニコライ・ダーリという精神科医による優れた暗示療法でカムバックし、まずこのピアノ協奏曲2番を書いた。

このコンチェルトはあまりにも有名ですし、甘いメロディもいっぱいあって、ご存知の方も多いと思います。



交響曲第2番も甘いメロディ一杯って仰ってましたけど、どちらのほうがロマンティックだと思います?


(個人的意見ですが)交響曲のほうに「戦略的な甘さ」を感じます。ピアノ協奏曲のほうが味わいあるというか・・・(第二楽章を聴きながら・・・)交響曲みたいに「泣けぇ!」とは言われずに、この寂しさがなんともシミジミというか・・・。

前回交響曲第2番の回のときに、エリック・カルメンがラフマニノフのメロディをカヴァーした曲を紹介しましたよね。ラフマニノフの曲と現代のポップスとはとても親和性が高い。
それだけに演奏の仕方によっては、安っぽくもなってしまう。
淡々と超クールに演奏しても、これでもかとべったり表情つけても、時代に共通して泣けるメロディなわけです。
ちなみにラザレフは結構淡々といくんじゃないかな、と思っていますけれど。

この曲、メロディはもちろん何ですけれど、下の和音で泣かせる感じがすごいと思うんです。
ここらへん(第二楽章冒頭クラリネット・ソロの部分)とかも。
下の和音の下降型で泣ける。
ラフマニノフの感覚というのは、もっと映画音楽的な、21世紀に僕たちが聴いてもいいなぁと思うような、泣きどころをよく捉えているなあと思いますよね。


●コード進行とか。


民謡を聴いて懐かしいなという心の動きではなくて、現代の音楽としての泣かせ方というか。
その一方で、プロコフィエフショスタコーヴィチは非常に別の意味で現代的な強烈な不協和音炸裂の響も生み出しているわけで、つくづくロシアというのはとても面白いなぁと思います。


●今のポップスを好きな人にもぜひ来て頂きたいコンサートですね。若い人にも。


三楽章は、これも有名。
アラビアのロレンス」みたいなメロディが途中で出てきます。
ここでもシンバルと大太鼓、ラフマニノフらしい使い方で出てきます。
シンフォニー2番の第2楽章とかでもおなじみの、ラフマニノフっぽい感じです。鋭いリズム。

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番より第3楽章


●「アラビアのロレンス」ってここですね。


このメロディをはずかしげもなく、ヴィオラに朗々と弾かせてしまうところが。
速度記号などつけなくても、こういう表情をつけたくなる、ならざるを得ない。


●力学に合っている?


ショパンとその点が似てますよね。
どう考えてもこのテンポしかないと。
人間工学に基づいた(笑)音楽というか。


●面白いね。異国情緒も溢れてて。


♪(曲は突然アップテンポになります)

ここ、シンコペーションです。

♪(ちょっと早送りもします、また「アラビアのロレンス」が大音量で流れるところで)

この部分、ラフマニノフ速く弾きますねえ。
普通もう少し遅いですけれど。
そして、おなじみ「ラッフマニノフ」のリズムで曲は終わります。


●譜面だけ見ていると、一体どんな響きが出て来るのか・・・。さて1月東京定期でピアニストのハオチェンさんと取り組んだあとには、この曲を河村尚子さんと九州へ持って行くわけですね。


ハオチェンさんは辻井伸行さんと一緒にヴァン・クラインバーンコンクールで優勝した人です。
ヴィルトゥオーゾタイプのピアニスト。
音楽を深く捉えるラザレフと、若いハオ・チェンさんの化学反応は楽しみです。


●ところでラザレフの他の指揮者とは違う特徴はどんなところでしょう?


まず、バランス感覚。
他の指揮者が引き出さないメロディを目立たせたり「気にさせたり」する。


●ラザレフの音楽って「ロシア的」なだけではないんですよね。すごく音楽的に、計算されている気がします。


例えばチャイコフスキーの第4番交響曲の最後とか、よく聴く演奏はぐーんと大きなク
レッシェンドをかけて終わるのが多いんですけれど、ラザレフのはですね、単なるクレッシェンドじゃないんです。
面白いやり方でやりますから、まずは聴いてみて下さい。
僕はここを生演奏で聴いた時、とってもコーフンしました(笑)。

チャイコフスキー 交響曲第4番より第4楽章終結部(なんと、3段階に分けて、坂道ではなく階段を昇るように音量があがります)

えっまだあがるの?まだあがるの?っていう興奮があるでしょう。


●段階を追って大きくするほうが、難しいですよね。音のバランスが崩れるから。


相当リハーサルをしたと思いますよ。
僕たちが抱いている曲のイメージを、たまに、いや、結構な確率で打ち崩すんですよ、この人は。
彼にとっては普通のことかもしれないんですが。


●曲の新しい魅力に気がつかせてくれるというか、音楽そのものの魅力に気付かせてくれますよね。


先入観なしに来てほしいですね。


●超有名曲であるラフマニノフピアノ協奏曲第2番も、どうけしかけてくるか楽しみです。


さて、後半の交響曲第3番にまいります。